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作文・小論文 例題集


●次の文章を読んで課題に答えなさい。

 春一番は、春を告げる突風。秋一番は、子どもたちにとっては運動会だ。
 運動会は弁当が楽しみだった。いま、保護者が参加できない子どもたちに気を使って、昼食は親子別々に食べる学校が多い。親が来ない子どもは、おむすびを分けてやり、一緒に食べればいいのである。
 かけっこで順位をつけなくなった。速い子もいるし、遅い子もいる。勉強は得意でないが運動会を腕まくりして、待つ子もいるのだ。
 運動会ではないが、「みんな一等」(出久根達郎、朝日新聞社)はいい話である。中学のマラソン大会。クラスに足の不自由な女生徒がいた。いつも見学していた。「歩いでもいいから、参加しないか」と先生。かわるがわる背負う案も出たが、結局クラス全員が彼女の足並みにあわせることになり、そろってゴールイン。三十数人が一列に並んでバンザイをしながらテープを切っている写真。先生が写真の夏に「みんな一等」と言いて全員に配った。メダルも賞状もない。ヒーローもヒロインもいない。納得する「みんな一等」だ。
 ところが、いまの学校の運動会のやり方は子どもに配慮しているようで、配慮していない。差がないことはない。差があるからこそ、悔しさも頑張りもある。「みんな平等」を装うことは、子どもに対して失礼である。

〈神奈川新聞2001.10.6「照明灯」(コラム)による。一部省略した部分がある。)

課題:上の文章に見られる学校側の「配慮」に対して、このコラムの筆者は批判的である。このような「競争を排除して平等ということを第一とする」風潮および筆者の意見に対して、あなたはどう考えるか。600字程度で述べよ。

 

 

●中学3年生の女子生徒が書いた次の手紙は、現在の学校の評価がいかに「よい子競争」を強い、大人好みの人間を形の上で求めているのかということをよく示しています。 本文の内容と自分自身の経験を対比させた上で.学校における子どもへの評価について、あなたの考えを論じなさい。

 先生が自分のことをどう見ているとか、今日は手を5回あげたぞ、とか、そうじばっちり、とか、そういう型にはまるのは、結構いごこちいいんですよ、私はね。その型にはまることで、先生によくみられるし、また、それなりのクラスの中での地位みたいなものが得られるような感じで、安心できるんです。1日が終わって、「やることはやった」みたいな満足感もあるし…。
 この中学生が感じている心地よさには、2つの側面があります。その1つは、学習から生活まで、教師に身ぐるみ評価されることに対する心地よさです。もう1つは、そのことによってクラスにおける自分の位置や存在感を実感、確認できるという喜びです。つまり、教師だけでなく、クラスの仲間から自分はどう見られているのかによって、自分のポジションを確認するという一種の依存関係に陥っているといってよいでしょう。自分の素直な要求や実感にもとづく行為を自己抑制し、自分らしさを少しも育むことができずに自己を空洞化させているのです。アイデンティティの透明化といってもよいでしょう。これほど個性化・多様化が叫ばれる今日の学校教育が、一皮めくれば、実態は本人白身に自己決定させたかのように錯覚させて一定の型にはめる教育でしかないのです。
 それにしても、大人や社会に反発しながら自己を形成するという思春期の特性を正面から否定するような評価、教師は意識していなくても、教師による生徒コントロールと言ってもよいような評価法が、なぜこんなに大手を振ってまかり通っているのでしょうか。
 この経緯ははっきりしています。1992年までは、学力偏差値一辺倒による高校への選抜制度が、とかく批判を浴びながらも続いていました。全国の多くの中学校では、受験業者が学校の授業時間中にくい込んで偏差値試験を実施していたのです。評価ということからすれば、この偏差値試験は生徒の人柄や授業中の態度や意欲、あるいはクラフ活動や委員会活動への参加状況とか、日曜日のボランティア活動等とは一切無関係でした。要は、ぺ一パー上で高得点さえ獲得できれば高い評価を得ることができたのです。その意味では、極めて単純明快で私情や演技などの入る余地はまったくありませんでした。一しかし、単純明快なだけに、やがて偏差値の数字だけが一人歩きを始めたのです。社会的な批判も大きくなり、文部省は93年からその放逐を始め、二年問で業者テストや偏差値は中学校からほぼ完全になくなりました。その後は、「偏差値よりも人柄を」などといわれ、学習だけでなく、日常の出欠遅刻の状況など、生活ぶりや授業中の挙手回数まで「正」の字で記録し、態度や人柄までも相対評価するような現在の内申システムヘと転換したのです。

(尾木直樹『子どもの危機をどう見るか』岩波新書2000年より抜粋・一部改変)

 

●ある人は、「情報社会では、学校も先生も必要ない。自分ひとりで勉強すれば充分だ。」と言います。また、ある人は、「どんなに進化した未来社会でも、学校や先生は絶対に必要だ。」と言います。あなたはどちらの意見に賛成しますか。どちらかの立場に立ったうえで、理由を挙げてあなたの考えを400字程度で書いてください。

●学校での勉強は、実社会では役に立たない」という意見があります。あなたはこの意見に賛成ですか。反対ですか。

●あなたは「学校では数学よりも歴史を学ぶ方が重要だ」という意見があります。あなたはこの意見に賛成ですか。反対ですか。

●ある人は「学校で制服を着ることを規則として守らせるべきである」と言います。またある人は「制服を着るかどうかは個人の判断に任せるべきである」と言います。あなたは、どちらの意見に賛成しますか。

●ある人は「たとえどんな場合でも子どもに体罰(教育のための暴力)を与えてはならない」と言います。また、ある人は「場合によっては体罰が必要なこともある」と言います。あなたはどちらの意見に賛成しますか。

●教育は一種の投資であり、お金をかければかけるほど、子どもの成績は上がり、良い学校に入れる」という意見があります。あなたはこの意見に賛成ですか。反対ですか。

●次の3つの学習方法のうち、あなたが最も良いと思う学習方法はどれですか。
       a)実際に体験する    b)書物を読む    c)人に教えてもらう

●規則は厳しいけれども、学生の成績のいい学校があります。一方で、成績は昔通だが規則の厳しくない、個性的で自由な学校があります。あなたはどちらの学校に行きたいですか。

●「学校で一番大切なのは試験の成績だ」と言う人がいます。あなたは賛成ですか。反対ですか。

●「虐めは、する人よりもされる人に責任がある」という意見があります。あなたはこの意見に賛成ですか。反対ですか。

●「授業をまじめに受けない学生がいるのは、学生に問題があるのではなく、教える先生に問題がある」という意見があります。あなたはこの意見に賛成ですか。反対ですか。

 

 

2012年

 

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