召喚魔法 02
覚醒
10年以上昔、私は都内の某大学病院のICU(集中治療室)で仕事をしたことがあった。
仕事は看護助手、要はヘルパー。当時、人手不足だった看護婦(現在は看護師)の労働力の補助。仕事はハードでも、はした金しかもらえないみじめな仕事。見聞を広めるために始めたのだが、その仕事は給料以上に得るものがあった。配属先の希望では『精神科』を望んだのだが、回されたのは集中治療室。重症患者が入るところ。
仕事は、ハードだった。いや、それ以上に人間関係に苦しんだ。毎日、毎日、くたくたになりながら『もう辞めたい。』を口にしていた。ある日、看護婦からセクハラを受けた。
ハイミスのお局様。初めての経験に、どうフォローしていいか分からず怒らせてしまった。それからというものお局様から虐められた…。
もううんざり…。
仕事はベッド・メイク、患者の移送、検体(血液などの検査サンプル)の運搬、処方・注射薬の回収、輸血の回収等など…、要は、雑用係りの雑役夫。重症患者が入ってきても一苦労。患者が死ぬともっと苦労。
もう辞めよう…。
そんなある日、朝、集中治療室へ入ると、何やら騒然となっていた。患者が暴れている。
うんざり…。
朝の申送りの時間帯。医者は麻酔科医のみ。主治医なんかいない。看護婦も、入れ替わりのタイミングで、気持ちもなえている。そんな中、中年男性が暴れている。そして、首筋にある動脈に繋がるヘパリンチューブを引き抜いてしまった(らしい)!!
動脈から一気に鮮血が噴出する!!
血の噴水状態!!
患者はさらにパニックになる。
私は?
私 『あぁ〜あ、やっちゃった。掃除する身にもなれよぉぉ(溜息)。』
映画の世界。動脈から噴出する血液は、みるみる周囲を赤く染める。その圧力は天上まで達する。真っ赤に染まっていく天井を見ながら、その後の掃除のことばかり考えていた。その中へ、周囲の看護婦と麻酔科医が飛び込んで患者を押さえた。
そして、おいでなすった。いつものパターン。
当然、患者は大量の血液を噴射させたのだから、出血多量。当然、輸血が必要になる。徒歩10分の位置に輸血部がある。そこまで輸血を取りに走らなければならない…。それが、看護助手の仕事(笑)。
K 『スーさん!!』
私 『はいはい。』
血痕のついたオーダー表を持ち、輸血部へ走る。
血液を持って帰ってくる。
K 『スーさん!!』
今度は注射薬。私はひたすら走る。 注射薬を持って帰ってくる。
K 『スーさん!!』
今度は血小板…。
またさっき行った輸血部へ走る。
戻ってくる。
K 『スーさん!!』
また注射薬。
私 『いいかげんにしてくれぇぇ!!!』
と心でつぶやく(笑)。
戻ってくる。
まだ血が足りない。
また輸血部へ…。
ひたすらこれの繰り返し…。
やっと…。
一息ついたのは10時前…。出勤が8時だから、2時間近く格闘していた…。
輸血部に午後のオーダーを出し、空になった籠を片手にヘトヘトになってICU(集中治療室)に帰ると、血の噴水を出した患者から、三々五々、看護婦たちが離れて行った。
終わった…。一息つく。
ベッドの足もとにあるオーダー卓の上の書類を記入しながら心電図モニターに目をやっている看護婦、Kさん。ICUきっての美人看護婦でエキスパート・ナースの称号(資格)を持つプロフェッショナル。私の3個上。
ICU(集中治療室)の制服は普通の看護婦の制服とは違い、水色(清潔区域の色)の上下、下はズボン。スリムなスタイルが強調される制服。その制服を身にまとった看護婦。通常、業務に就くには上から割烹着を切るのだが、今回は緊急事態(文字通り)、Kさんは何も着ずに飛び込んでいた。
水色の制服に激しい血痕が付いている。
私 『こりゃぁ、採血だな。』
針刺し事故等、患者の血液を何らかの形で浴びた場合、感染症がないかどうか検査する。私も何度か受けた。
Kさんの返り血を浴びた制服をまじまじと見てしまった。もろに返り血を浴びているから、当然、下着も…。下賤な、下劣な、ゲスな想像をしていると…、スーっとKさんがオーダー卓から離れ、ピタッと足が止まった。
体ばかり見てよからぬ想像をしていた私は一瞬、焦った。ハッとしてKさんの顔を見た。
真顔で私を見つめている!!
血まみれの制服に身を包んだ女性…。顔にも血が付いていた。
美しい…。
声が出そうになった瞬間、ニコッと微笑んだ!!!!
K 『ありがとう、スーさん!』
バキューン!!!!!!!
Intensive Care Unit (集中治療室)
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