召喚魔法 03
挑戦
男って生き物はどうしようもないケダモノで、自分は切れ者のやり手だと思い込んでいる馬鹿が大勢いる。今はだらしなくても、やるときはやる、とか、本当は、本気出せば俺だって、とか…。思い込みの激しいゲス野郎、それが『男』って奴だ。私も例にもれずその一人だった。
だから、『こんな仕事…。』って見下して、いつ辞めようか、そればかり考えていた。
けど、この瞬間、すべてが変わった。
私 『俺は何をやっていたんだ?』
前述、やる時はやる?いつやるんだ、それ?
ここで何もやらなければ、ただのゲス野郎だろ!!
そう。
目から鱗が落ちるとはこのことで、すべてがすべて入れ替わった瞬間だった。
目覚めさせてくれたもの、Kさんの血まみれ笑顔…。
私 『彼女たちを走らせてはいけない!!』
朝、ICUに出勤すると、ナースステーション区画に伝票が散乱している時がある。そして、病室を見回すと、惨状の跡が残っている。時には2か所も…。
そう。
今のような出来事は何も昼間の時間帯に限ったことではない。また、動脈に繋がるチューブを引き抜くだけではない。突発的な出来事がたくさんあって、その度に、私がやったように、看護婦たちが走っている。普通の人間が寝静まっている頃、普通の人間が酒飲んで騒いでいる頃、走り回っている。真夜中だから輸血部だって薬品管理室だって、当直の人間しかいない。イライラしながら物品を探し回り、持って帰ってくる。
俺の寝ている間に…。
私 『彼女たちを走らせるな。彼女たちの負担を軽くするのが“看護助手”だろ!!』
その日から始めた。
自分への挑戦を…。
私 『頭で勝負してやる!!』
まず、オーダー表の見方から始めた。オーダー表を見て、患者の症例を把握し、どのような処方を下しているか、読みとれるようになった。
次に、カルテの見方を教わった。医者がやろうとしていることを把握できるように。
そして、メモしまくった。
今日1日、どのような予定で患者がICUに搬送されてくるか。その患者が何科の患者で、症例は何で…。
もともと婦長と主任から薬の発注管理を任されていた。ストックが少なくなったら注文の書類を書いて取ってきて、と。独立採算制をとっている大病院では、横のつながりが希薄で、注射薬一本もらうだけでも煩雑な伝票処理が必要となる。その伝票を任されていたのだが、ストックがなくなりそうなのを発注しては意味がない。入ってくる患者の症例を確認し、ストックを予想し始めた。
そう。
夜中に絶対に薬のストックが途切れないように。
そうこうしているうちに、限界を感じた。
ICUの申送りで指示される患者以外の患者が入ってくる場合。よくよく確認すると、半分以上がそういう患者。前述、独立採算制をとっているため、何科でどのようなオペ(手術)が行われるか把握しにくい。そして、手術の経過を見てICUに入れるかどうか決めるから、朝の段階で把握していない患者が入ってくる場合がかなりある。これを何とかしなければならない。そこで、朝一、病院めぐりをした。各科に顔を売っていたこともあって、各病棟めぐりをしながら、その科でどのような手術が行われるか確認し、その患者がICUに入ってきた場合を想定し、薬品、及び、物品管理をした。
大当たり!!
影でコントロールした。
看護婦 『最近、注射薬や備品、やたらとそろってなぁいぃ〜?』
そんな言葉を耳にして、ニヤけてしまった。
私 『看護婦どもよ、安心して舞え!お前たちの下には俺がいるぜ!!』
しかし、輸血だけはどうしようもなかった。
ただ、事情を話し、あらゆる情報をメモし、帰りがけに現状報告に行った。『○科でオペがあって、それがICUに来そうです。』だの何だの…。その情報を受けて、輸血部の連中が当然オーダーされるであろうと予想される輸血を準備しておいてくれるようになった。
そんなことを始めた。
血まみれのKさんの笑顔…。
人は言葉にできないことを誰かに伝えようとしたとき、必死に考える。
けど、それは不可能なこと。言葉にできないことを人に伝えるなど決してできない。しかし、人は、その不可能を可能に変えようとする。不可能が可能になった時、人は感動する。それが『芸術』。ベートーベンの交響曲第5番を聞いた人間は、誰しも彼の『運命』への思いを感じさせられる。それが彼の天才たるゆえん。
Kさんの血まみれの笑顔は、言葉にできないものを私に伝え、そして、何かを教えてくれた。
何を教えてくれたのか、分らない。
けど、ただひとつ言えることは、
『 口先だけで中身のない、何もできないくせに偉そうに勘違いしているどうしようもない“ゲス野郎”を、“心の戦士”に変えてくれた…。 』
…ということだ。
注射薬の説明書を入れたファイルともらった本
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